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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)6582号 判決 1955年11月11日

原告 山一証券株式会社

被告 棚橋重平 更生会社理研製鋼株式会社管財人

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として、

原告の更生会社理研製鋼株式会社に対する金五十九万四千七百二十円の更生債権、及びこれと同額の議決権あることを確定する。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、その請求原因として、

一、原告会社は理研製鋼株式会社の株式二九七、三六〇株を所有する株主であつて、右株式は一株の額面金額五〇円である。

二、理研製鋼株式会社は昭和二十八年五月三十日定時株主総会を開催して、昭和二十七年十月一日から翌昭和二十八年三月三十一日までの期間(六ケ月)の第六期事業年度の利益剰余金処分案を附議し、同株主総会は、当期純利益金八、四八七、五五四円四四銭、前期繰越利益剰余金一、一〇七、一〇一円九八銭、合計(当期未処分利益剰余金)金九、五九四、六五六円四一銭を次のとおり処分することを決議した。

(一)  利益準備金 五〇〇、〇〇〇円

(二)  別途積立金 一、五〇〇、〇〇〇円

(三)  納税引当金 二、六〇〇、〇〇〇円

(四)  株主配当金 額面金額五〇円につき年一割の割合 三、〇〇〇、〇〇〇円

(五)  役員賞与金 七〇〇、〇〇〇円

(六)  次期繰越利益剰余金 一、二九四、六五六円四二銭

しかして、同日直ちに右決議に基く株主に対する利益配当金の支払を開始した。

三、原告会社は、右決議によつて、額面金額五〇円に対する年一割の割合による一株当金二円五十銭の第六期事業年度の利益配当請求権を有するに至つた次第であるから、理研製鋼株式会社はこの配当金から所定の税金を差引いた残金一株当金二円、二九七、三六〇株の合計金五九四、七二〇円を原告会社に支払うべき義務がある。原告会社は右配当金支払開始後間もなく右金員の支払を求めたが理研製鋼株式会社はその支払に応じなかつた。

四、理研製鋼株式会社は、同会社に対する東京地方裁判所昭和二十八年(ミ)第二五号会社更生手続申立事件につき同裁判所が昭和二十九年三月十五日為した決定によつて更生手続が開始せられ、被告は更生会社理研製鋼株式会社の管財人に選任せられた。

そこで、原告会社は右利益配当金五九四、七二〇円と、これに対する遅延損害金とを更生会社理研製鋼株式会社に対する更生債権として、所定の届出期間内に届出を了した。ところが同年五月二十六日開かれた更生債権調査期日において管財人たる被告が右届出債権に異議を述べ、同年六月一日原告会社は同裁判所からその旨の通知を受けた。

よつて、原告会社は右届出債権のうち遅延損害金を除く利益配当金五九四、七二〇円の更生債権、及びこれと同額の議決権あることの確定を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、被告の抗弁に対し、

一、被告は、理研製鋼株式会社の昭和二十八年五月三十日開催された定時株主総会の利益配当に関する決議は商法第二百九十条第一項の規定に違反するから無効であると抗争する。

しかしながら、株主総会の決議の無効を主張するには、必ず無効確認の判決を求める訴によることを要し、単なる訴訟上の抗弁をもつて主張することは許されないものと考える。昭和十三年改正商法は株主総会の決議の内容が法令又は定款に違反することを理由とする決議無効の確認の訴の手続及び効果に関し特に第二百五十二条の規定を設け、これを決議の取消の訴とほぼ同一に取扱い、訴の管轄、弁論及び裁判の併合、訴の提起の公告、判決の第三者に対する効力、株主の担保供与、及び判決があつた場合の登記に関し、決議の取消の訴につき準用される規定並びに決議の取消の訴に関する規定を準用している。株主総会の決議が当然無効なることの確認を求める訴は形成訴訟と異なり、それに対して為された判決は、もともと、単にその訴訟当事者間にのみ効力を有するにすぎないものなのであるが、昭和十三年改正商法が、右のごとく、決議を無効とする判決の効力を広く第三者にも及ぼすことにしたのは、この種の判決はその性質上何人にも合一に確定せらるべきであるということに基因したのに外ならない。従つて、この規定が新設されたことによつて、利害関係を有する者が訴によることなしに、訴訟上の単なる抗弁をもつてしては、もはや決議の無効を主張することは許されなくなつたと解するのを相当とするところ、本件においては、右定時株主総会の決議について、未だ何人からも決議無効の確認訴訟が提起された事跡がなく、従つて、その判決もまた存在していないのであるから、被告の抗弁は右の理由で排斥せらるべきである。

二、仮に、右主張が容れられないとしても、被告が抗弁として主張している事実、即ち、理研製鋼株式会社の第六期事業年度公表決算書類は損失を利益と粉飾した虚偽のものであり、損失を填補しないでなした右利益配当に関する決議は無効であるとの主張事実は全て否認する。

と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告が請求原因として主張している事実は全部認める。原告が主張する株式数は、理研製鋼株式会社の第六期事業年度の終日である昭和二十八年三月三十一日現在における原告会社所有の株式数である、と述べ、抗弁として、

理研製鋼株式会社の昭和二十八年五月三十日開催された定時株主総会の利益配当に関する決議は商法第二百九十条第一項の規定に違反するから無効である。即ち、右決議は第六期事業年度の公表決算書類を基礎とするものであるが、同期公表貸借対照表によると、理研製鋼株式会社の資産、負債及び資本はそれぞれ別紙<省略>第一表記載のとおりとなつており、このうち、利益剰余金中に第六期未処分利益剰余金として、原告主張のごとく、前期繰越利益剰余金一、一〇七、一〇一円九八銭、当期純利益金八、四八七、五五四円四四銭、合計金九、五九四、六五六円四二銭が計上され、この金員を原告主張どおりに処分する旨の利益配当に関する決議が為された。しかしながら、右当期純利益は、架空売上高の計上、及び売上原価の格下等の方法で公表損益計算書を別紙第二表のごとく粉飾し、あたかも右の純利益が生じたかのように書類上操作した全く架空のものである。実際には、損益計算書は別紙第三表のごとく調整せらるべきものであつて、第六期事業年度における利益は存在せず、却つて、同期は金三二、四三一、九三七円八五銭の純損失を招いていたものである。この損失を形式的に填補する形を整えるため、普通鋼より特殊鋼への転換のための試験研究費として金四〇、九一九、四九二円二九銭を計上し、これを公表貸借対照表の流動資産の費目中に分割加滅し、流動負債の費目についてもこれに相当する加滅をなしたものである。しかしながら第六期事業年度の右純損失金三二、四三一、九三七円八五銭は真実全く填補されていないのであるから右株主総会の利益配当に関する決議は前掲の規定に違反する無効な決議であり、従つて、原告会社は形式上存在するに過ぎない右決議を理由にして利益配当金の支払を求め得べき限りでない。

と述べ、なお、

一、原告は、株主総会の決議無効の主張は必ず訴によることを要し、その確定判決がない限り他の事件において訴訟上これを主張することは許されない旨争つている。

しかしながら、株主総会の決議無効の主張は訴をもつてする外これを主張することができないものとする理由は毫も存しない。昭和十三年改正商法施行前においては、決議無効の主張は如何なる方法によるかは全く主張者の自由であつたが、右改正商法において第二百五十二条の規定が新たに設けられたのでこゝに疑問を生じたのであるが、同条の規定を決議無効の主張につき方法を限定したものと解するのはいささか行過ぎである。株主総会の決議無効の主張は訴をもつてするを要するか否かについては、同条及びその準用条文には明文はなく(決議取消請求には「訴ヲ以テ」請求することを要する旨の規定がある、同法第二百四十七条)、第二百五十二条新設後学説上争の存するところである。決議無効の主張は訴によらなければならない、とする積極説の根拠とするところは、若し訴以外の方法で決議の無効を主張し得るものとすれば、或る総会の決議に対し人により或いは有効を又は無効を主張し得ることになり、決議無効確認の訴につき商法第百九条第一項の規定を準用して決議無効の判決に対世的効果を認めた精神が没却されることになるということにある。しかし、

(イ)  決議の内容が法令の強行規定又は定款に違反した場合、この決議は当然に且つ絶対に無効であるから、この無効は何人が如何なる方法によつて主張しても何等妨げないことは「絶対無効」の性質上当然であり、必ず決議無効確認の訴によらなければならないものではない。

(ロ)  決議無効の主張方法については明文上何等の制限がない。決議取消については訴によることを要する旨を商法第二百四十七条が特に明文で規定しているが、決議無効に関しては、決議取消の訴に関する規定の一部を準用するだけで、決議無効は訴を以て主張することを強制した規定は存しない。

(ハ)  商法第二百五十二条の規定は、訴の方法により無効確認を主張する場合の特別規定であつて、この規定あるがために訴以外の方法による無効の主張を禁止する趣旨ではないと考えられる。

(ニ)  積極説を採る者は、訴による無効の主張以外の方法を認めるならば、人により決議を或は有効とし、或は無効とすることになつて劃一性を害する虞があるというが、場合によつて訴以外の方法により個別的に有効無効を主張する必要性があるし、また、その決議が有効か無効かは最終的には裁判所の公権的判断によつて決せられる以上、積極説論者の主張はさまで重要な意味をもたない。そして決議無効確認の訴に商法第百九条第一項の規定を準用しているのは、判決に関する規定であり、一旦無効判決が出た以上これに法律が対世的効果を与えることは法的安定性の要請であるが、さりとてこのことが訴以外の無効の主張を禁ずる根拠とはならないし、同条項の規定を準用した精神を没却することにもならない。

(ホ)  若し積極説をとるならば、総会が無効なること極めて明白な決議をした場合(例えば、株主に対し無限責任の義務を課したがごとき)とか、決議の無効を株主総会が認めてこれを別の決議で承認した場合でも、なお且つ訴によらなければならないという極めて不当な結果になる。

(ヘ)  また積極説に立てば、判決が確定して始めて決議が無効と認められ、確定まではまだその決議を無効と認め得ないことになる。

かように解すると、決議が当初から当然且つ絶対に無効であることに反するばかりか、無効確認の訴が確認訴訟であることの理論にももとる。また決議無効確認の訴の審理中は無効の主張は全然行われないこととなるから、例えば更生債権確定の訴は決議無効に原因がある以上常に原告勝訴になるわけであるが、かくのごときは法の精神ではないと考える。

(ト)  更に、会社、会社機関及び株主以外の第三者間において会社の決議の無効を主張する場合にも訴によることを強制されるものとすれば、その結果の不当たるや明白である。

以上の理由によつて、決議無効の主張は必ずしも訴によることを必要としないものと解する。殊に、本件の事案についてみるに、いわゆる蛸配の決議が当然無効に属することは異論を見ないところである。この決議無効を主張して、例えば、配当金を不当利得として返還を求める場合、対世的効力をもつ無効確認判決を必要とする理由はない。不当配当の株金の返還を請求するには、株主平等の原則は適用がなく、会社は相手方の資力と取立経費とをにらみ合せて適当に返還を求めるべきものであつて、このために一般的に決議無効確認判決を求める必要はない。このことは本件のごとく蛸配の決議に基く利益配当請求に対する場合にも等しくいい得る理である。従つて、右定時株主総会の決議について、原告が主張するとおり、未だ何人からも決議無効の確認訴訟が提起された事跡がなく、従つて、その判決もまた存在してはいないけれども、これがため被告の抗弁が排斥せられるというがごときことはない。

二、仮に、右主張が容れられないとしても、次の理由によつて原告の本訴請求は排斥せられるべきものである。即ち、株主総会の決議について無効確認の判決がないということは、直ちにその決議は当然に実施されなければならないという結論を導き出すものではない。強行規定に違反する決議が、単に無効確認の判決がないからといつて、瑕疵のない有効な決議と全く同様に取扱わなければならないといういわれもない。のみならず、株式会社の業務執行者は会社のため忠実にその職分を遂行する義務を負つている(商法第二百五十四条の二)。従つて、業務執行者は、一応、株主総会の決議に拘束されるのではあるけれども、すべての決議に無条件に従う義務があるというのではなく、会社に対する忠実義務に違反しない範囲内においてのみその決議に従うことを義務づけられていると解すべきであり、もしもその決議に従うことが強行法規に違反するような場合には、当然決議執行の義務を負わないものといわなければならない。本件におけるごとく、商法第二百九十条第一項の強行規定に違反する蛸配の決議が存在するからといつて、業務執行者はこれを履行する義務なく、かかる債務はひつきよう履行の義務を伴わない一種の自然債務と目すべきものであり、かかる決議に基く原告の利益配当請求権は裁判上の保護を受け得べき筋合のものではない。

と述べた。<立証省略>

理由

一、原告会社は理研製鋼株式会社の第六期事業年度の終日である昭和二十八年三月三十一日現在における同会社の株式二九七、三六〇株を所有する株主であつて、右株式は一株の額面金額五〇円であること、及び理研製鋼株式会社は昭和二十八年五月三十日定時株主総会を開催して、昭和二十七年十月一日から翌昭和二十八年三月三十一日までの期間(六ケ月)の第六期事業年度の利益剰余金処分案を附議し、同株主総会は、当期純利益金八、四八七、五五四円四四銭、前期繰越利益剰余金一、一〇七、一〇一円九八銭、合計(当期未処分利益剰余金)全九、五九四、六五六円四二銭を、株主に対する額面金額五〇円につき年一割の割合による利益配当として金三、〇〇〇、〇〇〇円、その他原告主張とおりにそれぞれ処分することを決議し、同日直ちに右決議に基く株主に対する利益配当金の支払を開始したことはいずれも当事者間に争いのない事実である。

二、被告は、抗弁として、右定時株主総会の利益配当に関する決議は商法第二百九十条第一項の規定に違反するから無効であると主張するに対し、原告は、株主総会決議無効を主張するには必ず無効確認の判決を求める訴によることを要し、単なる訴訟上の抗弁をもつて主張することは許されないと争つているので、被告の抗弁の実体に立ち入るにさきだち、先ず、商法第二百五十二条の株主総会決議無効確認の訴の性質いかんについて判断する。

昭和十三年改正前の商法(以下単に旧法と称する)は、第百六十三条において株主総会決議の取消し得べき場合、即ち同条の用語に従えば「決議の無効」の場合についてのみ規定を設けるにとどめたが、その外になお、決議の内容が法令に違反する等の事由により決議無効の場合が存し得るものとせられ、かゝる決議無効の主張については何人がいかなる態様で主張し得るかは全く民法、民事訴訟法の一般原則に委ねられていた。ところが昭和十三年改正商法(以下単に新法と称する)は、第二百四十七条において決議取消に関する規定を設けて旧法第百六十三条の規定をほぼ同一の形態で踏襲すると共に、他方、第二百五十二条において決議無効確認の訴に関する規定を新設し、決議無効確認の訴については管轄、弁論及び裁判の併合、訴提起の公告、判決の第三者に対する効力、担保供与、原告敗訴の場合における賠償義務、及び登記につき、決議取消の訴において準用する規定又は決議取消に関する規定を準用してもつて決議取消の訴とほぼ同様に取扱うことにした。そこで、旧法下においては一般原則に従つて確認の訴とせられていた株主総会決議無効確認の訴が、第二百五十二条の規定が新設せられたことによつて一般にいう形成の訴に変更せられたとみるべきかどうか、いいかえると第二百五十二条にいう決議無効確認の訴の訴訟上の請求がなんであるかを廻つて学説上争いが生じたことは周知のとおりである。

おもうに、株主総会の決議がその招集手続又は決議の方法において、或いはその決議の内容において法令又は定款に違反する場合、かような瑕疵ある決議の効力をいかなる態様でいかなる限度において否定するかは、結局立法政策上の問題であるといい得る。ところで新法第二百五十二条の規定は、それよりさき法制審議会が昭和六年七月二十日可決した商法改正要綱第百二十「総会決議内容ノ違法ヲ理由トスル株主ト会社トノ間ノ決議無効確認ノ訴ニ付テ第九十九条ノ三、第九十九条ノ四、第百六十三条ノ二第三項、第百六十三条ノ三及ビ第百六十三条ノ四ニ準スル規定ヲ適用スルモノトスルコト」(引用条文はすべて旧法)に基くものであつて第二百五十二条の規定が新設せられた立法理由は、この要綱の文意からも明かに推認できるように、株主総会決議内容の違法を理由として株主等と会社との間に決議無効確認の訴が提起されることは稀有ではないが、株主総会の決議とみられるものが外形上存在していると、通常は決議の存在を前提として多くの社団関係乃至は取引関係が進展されるため、決議の効力いかんは会社と株主、取締役、監査役、その他の第三者の利害に関するところが大であり、若し決議無効確認の訴を一般の確認の訴と同様に取扱い、また決議の無効原因を一般原則に委ねるとすれば、決議無効確認の訴を認容する判決の効力は訴訟当事者以外にその効力を及ぼさないため株式会社における法律関係の劃一的確定の要請に反するし且つ、一方においては取消原因と無効原因との限界について争いの生ずることあるのを免れないのみでなく、決議の瑕疵を可及的に制限しようとする株式会社の法的確実の要請にも反する虞れあるが故に、かゝる危惧欠陥を立法的に解決せんとする実際上の必要によるものであつた。しからばかゝる立法理由の下に新しく規定せられた決議無効確認の訴は新法上いかに取扱われているのであろうか、先ず新法が決議取消の原因として法定している事由と決議無効の原因として制限的に挙げていると解される事由とを対比して考えてみるに、前者即ち取消原因とせられているものは総会招集の手続又はその決議の方法が法令若しくは定款に違反し又は著しく不公正なるとき、であるに対し、後者即ち無効原因とせられているものは、総会の決議の内容が法令又は定款に違反すること、である。前者のごとき決議の成立態様に関する瑕疵は、後者のそれに対して比較的重要性が少なく、且つ時の経過と共にその判別が困難となるばかりでなく、外部から容易に認識され難いうらみがあるに反し、後者のごとき決議の内容に関する瑕疵は、決議の実体を形成する部分であり、何人からも何時にても容易に認識せられ得るところのものであつて、その比重において且つまたその性質において両者に格段の差異あることを知り得る。しかも、新法第二百四十七条、第二百四十八条の規定が決議取消の訴に関し取消権者と訴の提起期間とをそれぞれ法定しているに反し、同法第二百五十二条の決議無効確認の訴について新法はその提訴権者を法定しておらず、また訴の提起期間についても別段の制限規定を設けなかつた。即ち何人でもまた何時でも、その利益の存する限り、決議無効確認の訴を提起することを許容している。かようにみてくると、両者は等しく決議の瑕疵とはいいながら、その比重性質に差異あるに従い、その間取扱いにおいておのずから径庭あるべきであるとの法意を知るに足りる。即ち、その内容に瑕疵ある決議は何人の意思をも問わず当然効力を認むべきではないとするに反し、決議の成立態様に関する瑕疵はその効力を否定すべきか否かを単に特定の者の意思に係らしめ、提訴期間を経過することによつてその瑕疵の治癒を認めていることを明かに看取し得るに足りるというのである。従つて、決議の無効といい取消というのはひつきよう一般原則である民法上でいうそれと全く同一に理解されてしかるべきであり、かく解するのがまた前途の立法趣旨にも忠実なる所以であると信ずる。

以上のごとき理由から、新法第二百五十二条は次のごとく理解せらるべきである。即ち、同条にいう決議無効とは一般原則にいう無効と同一であり、決議無効確認の訴の訴訟上の請求は一般原則による無効確認の訴と全く同一である。従つてその訴の性質はあくまで一般原則にいう無効確認の訴であり、その訴を認容する判決は即ち一般原則にいう無効確認の判決である。新法はただその立法理由において前述したように、株式会社における法律関係の劃一的確定の要請と法的確実の要請から、第二百五十二条において、第一には、無効原因事由につき、これを一般原則に委ねることなしに、その原因事由を制限的にかかげると共に取消との限界について一応の基準を与え、第二には決議無効の主張につき、無効確認の訴という形で提起された場合には、特にそのときに限つて決議取消の訴とほぼ同一に取扱い、その訴を認容する判決には訴訟当事者以外の第三者にも広くその効力を及ぼすことにした、とかように解すべきである。してみれば、右のごとき決議無効原因が存在し、且つそれを主張する一般原則上の利益の存する限り、何人でも何時にても主張し得るものであつて、決議無効を主張する方法は、一般原則に従い、必ずしも訴によることを要せず、訴訟上の抗弁その他いかなる方法で主張するかは全く主張者の自由であるといわなければならない。この限りにおいて、決議無効についてはこれを一般原則に委ねていた旧法の制度が変更せられたものとは考えられない。

株式会社における法律関係の劃一的確定の要請と法的確実の要請はまことに尊重せらるべきものではあるけれども、新法第二百五十二条にいう決議無効確認の訴の訴訟上の請求を一般にいう取消権(形成権)と同様に解し、その訴の性質は一般にいう形成の訴であり、決議無効は訴以外の方法で主張することは許されないものと解することは、第一には成文上の根拠にも乏しいし、第二には株式会社における前述の理想を追求するの余り第二百五十二条の規定の解釈をいささか逸脱するきらいもあつてにわかに左袒し難い見解である。なお、第二百五十二条は商法第百九条の規定を準用して決議無効確認判決に対世的効力を認めているからといつて、この判決の性質を一般の確認判決であるとする前述の解釈を変更すべき毫末の理由もない。けだし、通常形成判決には成文上或いは解釈上対世的効力があるものとせられているが、しかし、このことから逆に、訴訟当事者以外の者にその効力が及ぶからといつてその判決を形成判決といい得ないのは勿論であり、法が特に必要ありとする場合には、確認判決にもなおその既判力の人的範囲を拡張することのあるのは破産法第二百五十条、会社更生法第百五十四条等にその例をみるがごとくであるからである。また第二百五十二条の規定を前述のごとく解し、決議無効を訴以外の方法で主張することを許すとすれば、同一の決議につきその無効を主張したと否とによつて関係者間にその効力を二にし、ために株式会社における法律関係の劃一的確定の要請に著しく背反する不当な結果を生ずるとの非難が一応はなされるであろうが、しかし、決議無効の主張を訴の形で主張した場合には、その訴を認容する判決は対世的効力を有するものであることすでに前述したとおりであり、訴以外の方法で主張した場合には、それがため法律関係の劃一性が保持せられない場合が仮に生ずることがあるものと想定してみても、それは右の要請に著しく背反する不当なものとは考えられない。けだし、ここに法律関係の劃一的確定の要請というのは、主として株式会社の社団的特質に由来して立論せられているものなるところ、決議無効が訴以外の方法で主張される場合、直接にその論議の対象とせられるところのものは、社団生活そのものに属する事項ではないのが通常であるからである。

はたしてそうであるならば、本件においては、右定時株主総会について未だ何人からも決議無効確認の訴が提起されておらず、従つてその訴を認容する判決もまた存在していないことは当事者間に争いのない事実ではあるが、「訴の提起以外の方法により無効を主張することを妨げない」(独株式法第二百一条参照)旨の定めがある場合と全く同様に、被告が右定時総会決議の無効を本件の抗弁として主張することにつき原告が主張しているような支障はないというべきである。

三、よつて、進んで、右定時株主総会の利益配当に関する決議が商法第二百九十条第一項の規定に違反する無効なものであるかどうか、被告の抗弁の実体について按ずるに、成立に争いのない乙第一号証、同第二号証の一、二の各記載を綜合すると、右利益配当に関する決議は理研製鋼株式会社の第六期事業年度の公表決算書類を基礎とするものであるが、同期公表貸借対照表によると、同会社の資産、負債、及び資本はそれぞれ別紙第一表記載のとおりとなつており、このうち利益剰余金中に同期未処分利益剰余金として前述のごとく前期繰越利益剰余金一、一〇七、一〇一円九八銭、当期純利益金八、四八七、五五四円四四銭、合計金九、五九四、六五六円四二銭が計上されていること、しかしながら、右当期純利益は、架空売上高の計上、及び売上原価の格下等の方法で公表損益計算書を別紙第二表のごとく粉飾し、あたかも右の純利益が生じたかのように書類上操作した全く架空のものであること、実際は、損益計算書は別紙第三表のごとく調整せらるべきものであつて、第六期事業年度における利益は存在せず、却つて、同期は金三二、四三一、九三七円八五銭の純損失を招いていたものであること、この損失を形式的に填補する形を整えるため、被告主張のような手段を弄しているが、右純損失は真実全く填補されていないものである、との被告が抗弁として主張している事実の全部を認めることができる。してみれば右定時株主総会の利益配当に関する決議は損失を填補せずして為された商法第二百九十条第一項の規定に違反する無効な決議であることまことに明瞭であるから、従つて、原告会社は形式上存在するにすぎない右決議を根拠として利益配当金の支払を求め得べき限りでない。被告の抗弁は理由がある。

四、よつて、右定時株主総会の利益配当に関する決議が有効であることを根拠に株主として利益配当金五九四、七二〇円の更生債権、及びこれと同額の議決権あることの確定を求める原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、すでにその前提において理由がないから失当として棄却することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江一郎 高橋太郎 高林克己)

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